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上下二段 A5判 2巻です。
十河 進
■心穏やかに暮らすには…
●暴力の世界から物語は始まる
ピーター・ウィアーというオーストラリア出身の映画監督がいる。メル・ギブソンを主役にした「誓い」(1981年)で評価されハリウッドに進出した。僕が注目したのは、ハリウッド進出第一作「刑事ジョン・ブック/目撃者」(1985年)からである。
その後、ピーター・ウィアーが作った「いまを生きる」(1989年)「グリーンカード」(1990年)という映画も気に入った。ジム・キャリーとエド・ハリスを使って「トゥルーマン・ショー」(1998年)も作っている。今年は久しぶりに「マスター・アンド・コマンダー」という作品でアカデミー監督賞にノミネートされた。
ハリウッド進出の第一作「刑事ジョン・ブック/目撃者」は人気スターであるハリソン・フォードを主演にし、「トップガン」で人気が出たケリー・マクギリスを相手役に起用したハリウッドの大作だった。サスペンスフルな刑事ドラマでありながら、しみじみとしたラブロマンスになっているという名作である。
「刑事ジョン・ブック/目撃者」は、アーミッシュと呼ばれる宗教的戒律を守って昔ながらの生活を送っている人々が現在のアメリカにもいることを知らしめた映画でもある。
アーミッシュは電気は使わず、ガスや水道なども使わない。交通手段も馬車が中心だ。服の色も決められていて、無地、白、黒などがほとんどである。女性は髪は切らずに中央で分けてひとまとめにし、既婚男性はあごひげをのばさなければならないという。
この映画が公開されてから女性誌などで「アーミッシュのキルト」といった特集がよく取り上げられた。アーミッシュの存在が、この映画を魅力的にしている。都会の欲望と暴力に充ちた世界と、落ち着きと安らぎに充ちたアーミッシュの世界が対比される。
静かな草原のシーンから映画は始まる。夜明け前の草原を吹き抜ける風を感じ、微光に浮かび上がる黒い装束のアーミッシュたちの姿が幻想的だ。レイチェル(ケリー・マクギリス)の夫の葬儀である。
葬儀からしばらくたった頃、レイチェルと息子のサミュエルはヴォルチモアへ向かう。途中、乗り換えのためにフィラデルフィア駅に降りる。その駅のトイレにひとりで入ったサミュエルは殺人を目撃する。
この時、冷静に殺人を犯す黒人を後に「リーサル・ウェポン」シリーズの刑事で有名になるダニー・グローバーが演じている。サミュエルは犯人の顔を見てしまう。その事件を担当したのがハリソン・フォード演じるジョン・ブックである。
彼はサミュエルを署に連れていき犯罪者たちの顔写真を見せるが、サミュエルは署内に飾ってあった表彰された黒人刑事の写真に反応する。ジョン・ブックの顔色が変わる。
信頼する上司である本部長に報告したジョン・ブックだが、帰宅途中、いきなり狙撃される。上司もグルだったのだ。警察内部の麻薬がらみの犯罪に巻き込まれたのである。目撃者であるサミュエルの命を案じたジョン・ブックは、怪我をしたまま母子を車でアーミッシュの村まで送り、そのまま気を失う。
異教徒であるジョン・ブックは、怪我の癒えるまでアーミッシュの村で暮らすことになる。そこからは、まるで別の物語が始まったかのようだ。
●理想郷のようなアーミッシュの世界
アーミッシュはすべてを手作りし衣装は飾らず昔ながらの生活を送っているが、もうひとつの戒律は非暴力ということだ。彼らは暴力を振るわない。どんなに侮辱されても人を非難せず手をあげることはない。そんな彼らは観光の対象にもなっていて、観光客が物珍しげに彼らを見にくることもある。
彼らは仲間同士で補い合って暮らしている。ある日、怪我の癒えたジョン・ブックは近所の納屋づくりに参加する。村中の人間が集まり、若いカップルのために大きな納屋を建てるのだ。女たちは総出で料理をし、男たちは柱を組み、棟を上げ、屋根を葺く。
レイチェルを秘かに想っているアーミッシュの男がいる。長いふさふさした金髪をなびかせた鋭い顔の男だ。細い顎が印象的である。そのアーミッシュを演じたのはアレキサンダー・ゴドノフ。動きがしなやかで優美なのはバレリーナだからである。彼はこの映画の後、「ダイ・ハード」で執念深いテロリストを演じて一般的に認知されたが、この映画の彼の方が素晴らしい。
納屋を建てるシーンではほとんどセリフらしいセリフはないが、ケリー・マクギリス、アレキサンダー・ゴドノフ、ハリソン・フォードたちの微妙に錯綜する視線が彼らの感情を生き生きと物語る。そして、異教徒の刑事と未亡人との間を噂する村人たちの雰囲気もさりげなく描写されるのだ。
そのシーンの素晴らしさは喩えようもない。僕はずいぶん多くの映画を見たけれど、あんなに心が穏やかになるシーンは他に知らない。あふれるような光の美しさが心に刻まれる。
やさしく明るい光に包まれて村人たちが生き生きと働いている。労働の歓びとでも形容したい笑顔ばかりだ。人々は協力しあい、コミューンとしての夢の実現のようにさえ感じられる。まるでユートピアである。
争いのない、人々が協力しあって生きている世界…。ジョン・ブックは怪我だけでなく、心も癒されていく。都会の犯罪の世界で生きてきて擦り減らせていた何かを彼は取り戻す。
彼は棟の上に登って柱を打ち付ける。その時の笑顔は、彼の心が完全に解放されているからこそのものだ。余談だが、売れない頃に大工をやって糊口を凌いだというハリソン・フォードの腕が役に立ったという。
しかし、どんな共同体にも規律がある。アーミッシュの村は長老たちによって規律が守られ、教会の教えは厳しい。戒律を破れば、穢れた者として村八分にされる。レイチェルはジョン・ブックへの想いを抑えて耐えなければならない。だが、明日はフィラデルフィアへ帰るという日、レイチェルの想いは解き放たれ、ふたりは激しく抱き合う。
僕はこのシーンがとても好きだ。髪をひっつめにし、肌を露出しない黒の質素な服に身を包んだレイチェルが、庭先に設置した鳥の巣箱を直しているジョン・ブックをキッチンから見つめる。それは初めて彼がきた時に車でぶつけて倒したものだ。彼は立ち去る前に、その巣箱を直している。
ああ、彼が去ってしまう、とレイチェルは思ったに違いない。アーミッシュの女としてつつましやかに生きてきた自分が、こんなに激しい想いを抱くなどとは思わなかった。だが、彼女は自分を抑えられない。彼女は草むらを走り寄る。ただ、ジョン・ブックを見つめて…
●再び暴力の世界に戻る時
アーミッシュの村になじんだジョン・ブックだったが、やはり彼は非暴力に徹することはできない。ある日、街に出たジョン・ブックは、相手が反撃しないことを知ったうえでしつこくアーミッシュにからむ観光客を殴る。ジョン・ブックは怒りを抑えられない。怒りの発露として暴力をふるう。
そのニュースがフィラデルフィアの警察署に伝わり、追跡者に居場所を知られてしまう。結局、暴力が暴力を呼ぶのだ。
夜明け前、三人の男たちが車を降りる。ふたりはショットガンを構え、ひとりは拳銃を握りしめている。カメラがクレーンアップすると、彼らが下っていく先にアーミッシュの村が見える。非暴力の村に暴力の国からやってきた男たちだ。平和な村を襲う暴力が映像的に表現された印象的なシーンだった。
サミュエルといるところを襲われたジョン・ブックは少年を逃がし、素手で彼らと闘う決意をする。彼が有利なのは農場の納屋や穀物貯蔵庫の複雑な構造を知っているというだけだ。銃を持つ相手に何も武器を持たないジョン・ブックはどう反撃するのか。
ここからは冒険小説の常道である素手で工夫をして死地を脱するサスペンスが展開される。しかし、この映画が独特なのは、かつて信頼しあった上司にジョン・ブックが良心を取り戻させることだ。ジョン・ブックは殺人がいかに虚しく無駄な行為か、そして暴力は何も解決しないことを突きつける。
しかし、それはジョン・ブックに返ってくる言葉でもある。暴力に対抗するためとはいえ、彼は暴力をふるう生き方をしてきた。事件が解決し、フィラデルフィアに戻れば、再び日常的な暴力の世界に浸るだろう。それは彼が住み慣れた世界なのだ。
だが、彼はアーミッシュと共に生きたことで、暴力に馴れていた己を自覚したはずだ。暴力が日常になり、暴力に対して不感症になってしまった精神の馴れを彼は思い知らされた。彼が今までと同じように無自覚な暴力をふるって生きていくとは思えない。
普通の人間にとって暴力は非日常だ。人は暴力をふるった後に、ひどく落ち込む。暴力をふるわなくても怒りを顕わにした後、ひどい自己嫌悪に陥ることがある。自分を律することができなかった恥ずかしさ、他者への感情を顕わにしてしまった悔い、そんなものに襲われる。
怒りや憎しみといった激情を抑え我慢しきった時、おそらく人は満足感を感じるだろう。自分が少し成長したと思える。そんな穏やかな生き方が心の平安をもたらす。宗教がかるわけではないが、僕もそんな風に生きたいと願っている。
しかし、ジョン・ブックをめざして駆け寄ったレイチェルのように、抑えに抑えた情熱が燃え上がるような感情の発露は認めたい、と僕は思う。
■2004年07月02日号
十河 進【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
二十世紀半ばに生まれる。大学卒業後、某出版社に入り、編集者として過ごす。現在は、管理部門に勤務。
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筆者および「日刊デジタルクリエイターズ」編集部の許可を得て、
【日刊デジタルクリエイターズ】No.1555 2004/07/02.Fri.14:00発行より転載
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