118いい輪
> Play It Again,Sam〜映画まじりで魂の話を〜 > バックナンバー一覧

02/12/06 掲載

■4文字言語考現学序説

書くのもはばかられますが、今回は例の4文字言葉(フォー・レター・ワーズ)についてです。不愉快になる、あるいは読んでから怒りそうな人は読まないでください(と予め断っておきます)。

不思議に思っていることがある。なぜ、英語ではFuckが罵りの言葉になるのだろう。ある特定の状況下において、女性に卑語を囁いて場を盛り上げるのは、安手のポルノグラフィの常套手段だが、日本では相手を罵る場合にあまり卑語は使わない。

しかし、今やハリウッド映画は「ファック・ユー」の花盛りだ。「マザー・ファッカー」もよく使われる。日本で「××××野郎」と口にするには、かなりの勇気がいる。
アメリカでもっと日常的に使われているらしいのが、Fuckingである。たとえば、コンピュータがフリーズしたときなど「ファッキン・コンピュータ!」(このくそったれのいまいましいコンピュータめ!)と普通の若い女性が言っているらしい。ファックの進行形で形容詞として使用し、あらゆる固有名詞の前につけることができる罵り言葉である。

「ファック」がいつから映画の中で解禁になったのかわからないが、もう30年以上前のような気がする。ハリウッド映画は規制が厳しくて不倫や犯罪を肯定するような描き方はできなかったし、セックスシーンあるいは同性愛などを描けなかった。

「ハリウッド・バビロン」などと言われ退廃の都の代名詞だったのに、ハリウッドはスターの不倫には不寛容だった。夫と子供を捨ててロベルト・ロッセリーニ監督の元に走り、イザベラ・ロッセリーニを生んだイングリッド・バーグマンなど、ハリウッド復帰までに10年近くかかっている。

アメリカは、基本的にはピューリタンの国なのだ。だから禁酒法などが通ってしまう。しかし、極端に走る国だから、「表現の自由」となるとポルノグラフィも全面解禁になる。
セックスシーンを見せつける表現の自由、を保障する自由の国なのだ。やれやれ、ですね(見ない自由も保障しているというかもしれないけど、あれば見ちゃうよね)。

さて、それまでのハリウッドの規制を打ち破ったのは、60年代後半に始まったニューシネマ(「俺たちに明日はない」が最初とされる)とするのが定説だ。「ファック」もその頃から映画の中で使われ始めたのだろうか。同じ頃に性革命が起こり、ヒッピームーブメントが盛んになりフラワーチルドレンなどが登場したから、社会全体の変革がハリウッドの規制自体をなくしてしまったのかもしれない。

心理学者で和光大学教授の岸田秀センセーの著作を僕は20年来愛読しているが、近著に「性的唯幻論序説」(文春新書)があり、その中に次のような記述がある。

「性解放は、まず、セックスや性的な事柄に対するいろいろなタブーを打ち破る方向へと進んだようである。〜中略〜性解放の最先端を行ったのは、かつて禁酒法を制定したことからもわかるように、伝統や因習といったものがないので、観念や理念で突っ走ることができるアメリカ人であった」

「ファック」が解禁されるまでは「サノバビッチ」とか「シット」(フランス語で「メルド」、日本語で「くそ」)などが使われていた。最近は「ファック・ユー」以外には「アス・ホール」とか「キス・マイ・アス」(コマワリくんポーズを決めて尻を突き出すとわかりやすい)とか、とにかく汚い言葉ばかりだ。とても僕には訳せません。興味ある人は「ass hole」と「kiss my ass」を辞書で調べてみてください。

20年以上前にアメリカでポルノ・ムービー・オブ・ザ・イヤーに輝いた「私に汚い言葉を言って」(Talk to Me Dirty Wordsだったと思う)という映画があった(何でそんな映画まで覚えているのだ!)。アメリカ人は本来的に汚い言葉が好きなのだろうか、それとも汚い言葉でコーフンするのだろうか、と当時考えた記憶がある。

エリザベス・テイラーは日常生活では言葉が汚いので有名だった。頻繁に「ファック」を口にしたという。しかし、彼女が初めて映画の中でその言葉を使ったのは、おそらく「バージニア・ウルフなんかこわくない」(1966年)だと思う。夫婦が罵り合うこの舞台劇で、リズはアカデミー主演女優賞を獲得した。

今や人気者のアンディ・ガルシアが悪役をやった映画「800万の死にざま」(1986年)で、ガルシアはほとんど「ファック・ユー」しかしゃべらない。そのトーンとイントネーションと言葉の強弱だけで、その場その場の感情を感じさせるのだから、もしかしたら名優なのかもしれないが、ひどいシナリオだと思ったものだ。

「ターミネーター」(1984年)でシュワちゃんがアパートの部屋で自分で修理していると、隣の男がドアを叩いて文句を言う。その時、ターミネーターの見た目の画面になり、ピピピピと音がしながら「この場合の正しい反応…ファック・ユー」と文字が出る。やおらシュワちゃんは「ファック・ユー」と言う。

「ターミネーター2」(1991年)では、悪ガキのファーロングがシュワちゃんにスラングを教えるシーンがある。「ノープロブレム・オール」「アスタラビスタ・ベイビー(hasta la vista baby)」とか「ブルシット(bull shit)」(ボーシェット、と聞こえる)といった言葉だ。それがひとつの伏線になる。

「ファック」という言葉が現実にはいつ頃から使われていたのかはわからないが、ジョン・ブアマン監督の「戦場の小さな天使たち」(1989年・イギリス)という映画の中で主人公の少年が「ファック」と言い、子供たちが凍り付く場面があった。当時は、かなりのショックを受ける言葉だったのだろう。時代設定は第二次大戦中のイギリスで、ドイツ軍の空爆を受けていた頃だ。

しかし、紳士の国イギリスにおいても状況は変わったのだろうか、1994年のイギリスの現在を背景にした「フォー・ウェディング」の中では男も女も「ファック」を連発する。
結婚式に遅れそうになって目覚めた男女が時計を見て「ファック」、結婚式で食べ物を落として「ファック」……と実にファックの大安売りである。もっとも、人気のイギリス俳優ヒュー・グラントは繊細かつ上品に(?)「ファック」と囁くのではあるが。

さて、「ファック」は行為を示す言葉なのだろうか。その場所を示す言葉は昔から「プッシー」(子猫)が有名だ。僕がその言葉の意味を知ったのは、60年代半ばに公開された「何かいいことないか子猫チャン」という映画によってである。

トム・ジョーンズが「プッシーキャット、プッシーキャット、アイ・ラブ・ユー」と歌う主題歌がヒットした。プッシーキャットにそういう意味があるのだ、ということを知らないとタイトル「ファッツ・ニュー・プッシーキャット」の面白さ(?)はわからない。
日本人は恥の種族である。罵り言葉も「くそ」「ちきしょう」「この野郎」「あほ」「ばか」くらいしか日常的には使わない。(もっと罵り言葉のボキャブラリー豊富な人、いますか?)

「永遠も半ばを過ぎて」という映画は中島らも原作で、写植オペレーターが主人公という面白い話だが、鈴木保奈美演じるアル中ぎみの編集者が「クソ食らえ」と言った相手をたしなめて、「そんな汚い言葉を使ってはいけません。ウンコ召し上がれ、といいましょう」というセリフがあり、我が家ではしばらく流行した。相手を罵りたくなったときには「ウンコ召し上がれ」というのである。(一体、どういう家族だ!)

罵りも馬鹿丁寧に言えばギャグになる。試しに、30年前にはやった「くそくらえ節」のリフレインの部分を丁寧語にしてみよう。(1969年の森崎東監督デビュー作「喜劇・女は度胸」の中で若き倍賞美津子がこの歌をいきいきと歌っており、僕も時々思い出して深夜の帰宅途中で歌ったりしている。ご近所のみなさん、ごめんなさい)

──くそくらえったら、死んじまえ!
(ウンコ召し上がれったら、死んでおしまいなさいませ!)

印象がだいぶ違うと思いませんか?


■1999年10月
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
二十世紀半ばに生まれる。大学卒業後、某出版社に入り、すでに二十数年勤める。現在は隔月刊のアマチュア向けカメラ誌編集長。

================================================================

筆者および「日刊デジタルクリエイターズ」編集部の許可を得て、
【日刊デジタルクリエイターズ】No.0455  1999/10/30.Sat.発行より転載
「日刊デジタルクリエイターズ」サイトにバックナンバーはすべて掲載しています
http://www.dgcr.com/

←バックナンバー一覧に戻る

↑Page Top