03/04/18 掲載
十河 進
■アカデミー賞ウォッチング
ここ10年ほど、衛星放送のおかげでアカデミー賞は中継で見ている。アメリカでは日曜日の夜の放送だから、日本では月曜日の午前中になる。それでもなぜか生中継で見ていることが多い。生中継を見られないときには、録画して見ているが、4時間を超える番組だから録画で見るにはパワーが必要だ。つい早送りしたくなる。
今年のアカデミー賞は生中継で見た。生中継だと同時通訳なので、司会のおなじみビリー・クリスタルの歌で各作品賞を紹介するオープニングに字幕が出ず、会場中が笑っているのに見ている方はよくわからない。ビリー・クリスタルの英語の歌についていけるほどの英語力はない。それに、かなり楽屋落ちギャグらしく、映画を見ていないと笑えないようだ。
昨年まではNHKが中継していたが、今年はWOWOWが権利を取って派手に前宣伝をやっていた。NHKは独自にレポーター(英語が喋れる別所哲也など)を会場に派遣していたが、WOWOWは現地放送のCMの時間を日本のスタジオにいる岡田真澄などが、間をつなぐだけだった。
さすがに感心したのは岡田真澄のトークで、長年、映画の世界で生きてきた男の言葉は重い。進行役の永井美奈子は間違いが多かったし、こはたあつこは映画のデータ解説担当だったが、いつもの生彩がなかったように思う。
去年は短編映画賞だったかに、いきなり「ケイコ・イビ」と日本人あるいは日系人らしき名が呼ばれ、その後、現地に入ったNHKのスタッフが慌てて調べている様子がうかがえて楽しかった。伊比恵子はあれで急に有名人になった。
去年、僕が最も見たかったシーンは名誉賞受賞のエリア・カザンである。名誉賞とサルバーグ賞は事前に発表されているから、去年、授賞式前からエリア・カザンの受賞に反対する新聞の社説などもあったという。授賞式当日にはカザンの受賞に反対するデモが会場前で行われた。
名誉賞は感動的なヤマ場である。かつてハリウッドを追放されたチャップリンは、アカデミー名誉賞を授与され数十年ぶりにハリウッドに帰ってきた。全員がスタンディング・オベーションで彼を讃えた。これは、チャップリンに対するハリウッドの詫びだったのだ。
しかし、昨年、カザンにオスカー像が手渡された瞬間、テレビカメラは会場を映し出したが、椅子に座ったまま拍手もしない人の何と多かったことか。それでもカザンはめげずにスピーチをして名誉賞を感謝して舞台袖に消えた。
カザンの自伝は昨年、上下巻で出版されたが、読むつもりはない。どう言いつくろったところで、彼が48年前に行なったことは言い訳できないだろう。僕がもし、あの場にいても拍手はしなかった。カザンは自分が生き延びるために友を権力に売った男である。売られた友人たちは投獄され、職を奪われ、生活を破壊された。
アメリカでも未だにカザンの行為を許さない人々がいるのは、イデオロギーの問題ではない。赤狩りの時代に自らの延命のために転向し、仲間たちの名前を権力に告げた男である。その後、いくら多くの名作を作ろうと、彼がしたことは人間として許せない、ということなのだ。
アカデミー賞は、いろいろと感動的なシーンを見せてくれる。カザンの受賞シーンも、ある種の感動的なシーンではあった。あれだけの汚名を背負って半世紀を生きてきた男の人生が、その生涯の名誉を讃える場で、拍手も立ちもしない形で抗議を示す人々の前で、再び露わになったのである。彼は彼なりに立派な振る舞いだったと僕は思った。
今年のアカデミー賞は、特別、僕が思い入れる俳優や監督はいない。名誉賞はアンジェイ・ワイダが受賞したが、フェリーニ、サタジット・レイ、黒澤明などはもう受賞しているから当然だろう。この賞を貰うと、近いうちに死ぬと言われている。レイなどは、病床の姿が中継された。
だから、特別、思い入れなしに見始めたのだが、会場前のインタビューにマイケル・ケインが登場し、レポーターの不躾な問いに答えている言葉を聞いて、ああ、マイケル・ケインがいたな、と思った。僕はマイケル・ケインは「ハンナとその姉妹」でアカデミー賞を獲得したと思っていたが、調べてみると主演男優賞ではなく助演男優賞だった。
ちょっと待て、そりゃあ、まずいぞ、と僕は寝そべっていた背筋を伸ばした。ハリウッドはイギリス俳優が好きだ。なのに40年近く映画に出ているマイケル・ケインが助演男優賞を1回受賞しているだけなんて。主演男優賞なら許せるが、今回も助演男優賞だと。何てことだ。
「マイケル・ケインは人がよすぎて、脚本を選べないに違いない。とんでもないB級のどうしょうもない映画に出ていることがある」と誰かが書いていたが、まったくその通り。主演俳優なのに、変な映画で脇に回ったり、こんな映画出なくてもいいんじゃない、というものに出ていたりする。
今回のアカデミー賞でも、最初に作品賞を歌で紹介するビリー・クリスタルが「ケイン、ケイン」と歌いながらその名優ぶりを讃えたが、「『ジョーズ4』には出ないでほしかった」と茶化していた。
その後のトークでもビリー・クリスタルは「次のCMの間にマイケル・ケインは1本映画を撮っちゃいます」と、その多出演ぶりをジョークにしていた。ここまで言える司会者は、日本ならタモリくらいだろう。大勢の中だから、マイケル・ケインも苦笑するしかない。
僕が初めてマイケル・ケインを見たのは1965年のこと。「国際諜報局」という今やカルト・ムービーの代表になってしまったような映画である。原作はレン・デイトンの「イプクレス・ファイル」で主人公には名前がないのだが、映画は便宜上ハリー・パーマーという名前にしていた。
ハリー・パーマー・シリーズはその後、「ハリー・パーマーの危機脱出」(1966)「10億ドルの頭脳」(1967)と制作され、30年近くたってテレビ用に数本作られた。昨年、そのテレビシリーズのハリー・パーマー・シリーズがWOWOWで放映された。
「国際諜報局」を見て、僕が戸惑ったのは主役が黒縁の眼鏡をかけていたことである。ハリウッド映画を見慣れていた少年にとっては、黒縁の眼鏡を外さない主役はちょっと理解できなかった。ハンサムであることを強調するのが、映画の主役だと思っていたのである。
当時、イギリス映画で大当たりをとっていたのが、ショーン・コネリーの007シリーズだった。そのせいでスパイ小説とスパイ映画の大ブームが起こっていた。007風の脳天気でセクシーな女優を散りばめたアクション・スパイ映画がいろいろ公開されたが、その反動でシリアスなスパイ映画も作られ始めた。
その代表が、スパイ小説の金字塔と言われた(言っていたのは早川書房だけだが)ジョン・ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」である。これは、さっそくリチャード・バートン、クレア・ブルーム、オスカー・ウェルナーで映画化された。
レン・デイトンの「イプクレス・ファイル」は「『寒い国から帰ってきたスパイ』を凌ぐ」と言われた(言っていたのは早川書房だけだが)スパイ小説で、本物の諜報活動を描いている、などとシリアスさをさらに強調した。したがって、映画の主人公も冴えない目立たない感じにするために、原作通り黒縁の大きな眼鏡をかけることになったのだろう。
しかし、マイケル・ケインはハンサムである。1966年に公開され、ケインを一躍メジャーにした「アルフィー」は、今回のアカデミー賞でも主題歌が流れる中、フィルム構成で会場に上映され、永井美奈子が「若い頃のマイケル・ケインはハンサムねえ」とため息をついていた。
僕が好きなマイケル・ケインの映画は、まず「探偵・スルース」(1972)である。ローレンス・オリビエと二人しか出ない(こう書くだけでネタを割ってしまうのだが)サスペンス劇で、見事なトリック映画である。イギリスの名優オリビエに対抗できるとしたら、マイケル・ケインしかいない。
アイラ・レヴィンのサスペンスフルな舞台劇を映画化したのは「デストラップ・死の罠」(1982)で、共演者がスーパーマン俳優のクリストファー・リーブだった。舞台出身だけに、ケインは舞台劇の映画化には向いている。
戦争映画ではジョン・ヒューストンの監督でシルベスター・スタローンと共演した「勝利への脱出」(1980)が気持ちのよい作品だ。捕虜とドイツ軍選抜チームのサッカー戦という発想で、すでに作品として成功している。スポーツを題材にすれば、だいたい気持ちのよい映画になるものだ。
もう一本の戦争映画は「鷲は舞いおりた」(1977)で、クルト・シュタイナ中佐を演じた。冒険小説ファンの間では人気の高い、人格高潔・騎士道精神に富むヒューマニストであるドイツ軍将校だ。彼のためなら部下は皆、望んで死地に赴く。原作「鷲は舞い降りた」はベストセラーになり、作者のジャック・ヒギンズは、これ一作で日本のファンをつかんだ。
こう見てくると、マイケル・ケインが主役を張っていたのは60年代〜70年代にかけてである。ウッディ・アレンの「ハンナとその姉妹」(1986)では脇役を演じた。その後もいろいろ出ているが、名脇役という感じだ。最近も、話題になった「リトル・ヴォイス」で、ヒロインの歌の才能を見出す胡散臭いプロモーターの役などをやっていた。
仕方がないが、マイケル・ケインには助演男優賞が妥当なようである。候補になった作品「サイダーハウス・ルール」はジョン・アービングが自作を自分で脚色し、見事にアカデミー脚色賞を獲得した(この場合はオリジナル脚本賞のような気もする)。マイケル・ケインも助演男優賞を獲得した。めでたいことである。
マイケル・ケインのスピーチは、さすがに年輪を感じさせた。全員が立ち上がってのスタンディング・オベーションである。この日、スタンディング・オベーションを受けたのは、マイケル・ケインと名誉賞のアンジェイ・ワイダの二人だけである。ハリウッド人たちも礼儀はわきまえている。
マイケル・ケインの受賞を祝って、僕はこの原稿をソニー・ロリンズの「アルフィー」を聴きながら書いている。ジャケットにマイケル・ケインの顔が切り抜きで入っているCDだ。当時、ヒットした曲である。
■2000年4月1日掲載
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
二十世紀半ばに生まれる。大学卒業後、某出版社に入り、すでに二十数年勤める。現在は隔月刊のアマチュア向けカメラ誌編集長。
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筆者および「日刊デジタルクリエイターズ」編集部の許可を得て、
【日刊デジタルクリエイターズ】No.0570 2000/04/01.Sat.発行より転載
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