03/05/09 掲載
十河 進
■夢の映画・映画の夢
今年になって、趣味的なことばかり書いていたら、多くのメールをいただいた。その中でも「冒険者たち」について、いろいろな方からメールをいただき、大変に喜んでいる。僕にとっては「冒険者たち」は特別な映画だ。
我が家の廊下には、飛行場で腕を組んで歩いてくるローラン(リノ・バンチュラ)とマニュ(アラン・ドロン)とレティシィア(ジョアンナ・シムカス)の3人のスチール、バイクに乗るマニュとレティシィアのスチール、漁船の船縁に腰掛ける水着姿の3人のスチールが額入りで飾られている。
今まで3人の「冒険者たち」フリークに出会った。ひとりは高校の1年後輩で、大学時代は4年間一緒だった男だ。ひとりは「家の光」の編集者で「仁義なき戦い」にやくざの役でエキストラ出演した猛者である。もうひとりは大森一樹監督である。
「家の光」の編集者に、大森一樹監督は「冒険者たち」フリークであると教えたところ、さっそく原稿依頼をし「家の光」に監督のエッセイが載った。100万部以上を誇る月刊誌「家の光」である。しかし「冒険者たち」について書かれた文章を何人が読んだだろう。
その後、「家の光」の編集者は関西に転勤になり、神戸にある「レティシィア」という喫茶店だか、バーの存在をレポートしてきた。そこでは、「冒険者たち」のスチールをTシャツにして売っているという。僕も欲しくなった。
大森一樹監督と話したときには、同じ映画雑誌で同じ「冒険者たち」特集を見ていたことを確認し合った。「スクリーン」か「映画の友」である。小さなスチールを並べて、「冒険者たち」のストーリーを展開している見開きページである。その時に監督からビデオ版「冒険者たち」は完全ワイドサイズだと教えてもらい、翌日、さっそく買いに行った。
「冒険者たち」には巻末歌入りバージョン、というのがある。映画がヒットしてドロンが「愛しのレティシィア」というレコードを出した。日本で再公開されたのは、ラストシーンにその歌がかかるという邪道バージョンであった。許せん。
ロス・マクドナルドの最高傑作「さむけ」のラストフレーズは「あげるものはもうなんにもないのだよ、レティシィア」である。高校の後輩である「冒険者たち」フリークが見つけてきて、教えてくれた。小笠原豊樹の翻訳が出たばかりの頃だ。高いポケットミステリを高校生の身分でよく買えたものだ。もっとも、探偵リュウ・アーチャーと「冒険者たち」には何の関係もない。
昔、「たけし城」という番組があり、視聴者が参加して様々な仕掛けのある城を攻めていたが、フランスだかイタリアのテレビ番組に「冒険者たち」に出てくる海の要塞を使った同じような番組があったという。ほんまかいな。
昔、内藤陳さんの酒場「深夜+1」で聞いた話だが、ギャビン・ライアルの小説「深夜プラスワン」のルートを車で走り、最後は「冒険者たち」の海の要塞に行くツアーが企画されたという。飛行機嫌いの僕だが、参加しようかと本気で考えた。
十年以上前から「出版人の映画の会・シネフィル」という集まりに誘われて出ている。「シネフィル」という機関誌を出していて、頼まれて最初に書いた文章が「冒険者たち」についてだった。
その文章は、小学館のN氏に「やはり『冒険者たち』」というタイトルを付けてもらい1988年の秋に出た。その文章を読み直してみたが、基本的には何も変わっていない。12年前の文章だが、以下に掲載したい。
■やはり『冒険者たち』……………………………………………………………■
レティシィア「もし、パイロットだったら、飛行機で凱旋門の下を飛ぶ?」
男 「なぜ? なぜ、そんなことをする?」
レティシィア「もし、エンジニアだったら、自動車業界に革命を起こそうと する?」
男 「そんなことはやらないね」
1本の映画について語れ、と言われてすぐに答えられる人は羨ましい。あれもいいし、これもいい、と迷ってしまい、結局、決められないのがオチだ。
僕の場合も同じで、散々あれもこれもと思い浮かべ、結局、この映画に落ち着いた。なぜなら、それまでかたくなに「映画は映画館で見るべきだ」と言い続けていたにもかかわらず、この映画がレーザーディスクで発売になった途端、軟弱にも信念を曲げ、レーザープレイヤーを購入してしまったからだ。
それまでは、ビデオ雑誌のおかげで給料を貰っている身でありながら、ビデオプレイヤーさえ持っていなかった。
さて、このセリフはロベルト・アンリコ(公開当時の表記はロベルトだった)監督の1967年の作品『冒険者たち』の中のもので、マニュ(アラン・ドロン)とローラン(リノ・バンチュラ)と一緒に出かけたカジノのバーで、ふたりを待っている間にダンスに誘われたレティシィア(ジョアンナ・シムカス)が踊りながら相手の男に聞く。
もちろん、こんな答えをする男は、あっさりと振られる。
このセリフでわかるように『冒険者たち』は夢の映画だ。映画そのものが夢なのだと、僕は思う。パイロットのライセンスを奪われたマニュ、超高速のレーシングカーの開発に失敗するローラン、アバンギャルド彫刻で世に出る夢に挫折するレティシィア、ふたりの男とひとりの女は、コンゴ動乱で逃げ出した金持ちが全財産を持ったまま海に墜落した話を聞き、一獲千金の夢を求めてアフリカの海に宝を探す。
もちろん、彼らは単なる財宝を探しているのではない。夢を探しているのだ。
この映画を見たとき、僕はまだ15歳だった。それが人生で一番美しい時期だとは誰にも言わせまい、とは言わないが、とにかく、まだ僕も人生に夢を持っていた。だから、この映画は、僕にとっては大切な一編になった。以来、20年、未だに深夜、時々レーザーディスクでこの映画を見る。
最近、この映画を気にいっているもうひとつの要素に気付いた。『突然、炎のごとく』とは対極にある、ふたりの男とひとりの女の関係だということだ。三人の関係に性的な匂いはなく、夢を共有する青春の輝きだけがある。
そして、宝を見付け、ふたりの男とひとりの女という関係に現実感が生まれ、その不自然さを自覚せざるを得なくなりそうになったとき、宝を奪おうとするギャングたちによってレティシィアは殺される。
その水葬シーンは美しい。夢を語る映画は、どこまでも現実にはない夢を見せてくれる。
レティシィアを演じたジョアンナ・シムカスの存在なくしては、この映画は成立しなかった。モデル出身の彼女は中性的な女優で、ビキニ姿にもセクシーさはなく、ドロン、バンチュラと3人で、まるで子供同士のように戯れ合う。
シムカスは、『若草の萌える頃』『オー!』などのアンリコ作品に出た後、シドニー・ポワチエ主演の『邪魔者は殺せ』のリメイク版に出演し、そのままポワチエと結婚し引退した。今は子供も大きくなっていることだろう。
僕が在籍していた『小型映画』という月刊誌に大森一樹監督の連載原稿を貰っていたが、その最終号(6年前に休刊した)では『冒険者たち』について書いてくれた。大森監督の劇場デビュー作『オレンジロード急行』には、『冒険者たち』のラストシーンとそっくりなシーンがある。
しかし、この映画も原作者のジョゼ・ジョバンニには気にいらなかったようで、同じ原作の『生き残った者の掟』を自分で映画化した。これがジョバンニの監督デビューである。
こちらは日本未公開だったが、最近、ビデオソフトで発売された。主演がミッシェル・コンスタンタン(広島カープの衣笠に似ている)なので見たいと思うが、『冒険者たち』の夢が壊れる気がしてまだ見ていない。
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その後、実はジョゼ・ジョバンニの監督デビュー作「生き残った者の掟」を見たが、変な映画だった。「生き残った者の掟」の原作も買った。冒険から帰ってきた男、マニュとローランの物語であり、小説が始まった時点でレティシィアはすでに死んでいる。
ジョゼ・ジョバンニは自らの刑務所体験を元に書いた脱獄もの「穴」で小説家デビューした。この中に登場するマニュとローランが「生き残った者の掟」のマニュとローランなのだろう。映画化された「穴」は、大変に面白い。
「冒険者たち」は、映画用オリジナルストーリーなのである。だからジョバンニがそれを不服として自分で映画化したと昔から言われてきたのだが、データを見るとジョバンニの映画化の方が1年早い。謎だ。
大森一樹監督作品「恋する女たち」のラストシーン近くにも、「冒険者たち」へのオマージュを示す断崖から空中に舞い上がっていくヘリコプターショットがある。監督は自ら「名作を作っちゃったなあ」と自惚れていたが、確かに斉藤由貴の「恋する女たち」は名作だと思う。
ビデオ版「冒険者たち」は、ある人への誕生日プレゼントにした。改めて買い直せばいいやと思っていたら、最近あまり見かけない。新星堂が出していたフランス映画のシリーズだ。ノートリミング版LDは持っているが、なぜかビデオ版より数分短いデータが表記されている。
あの人は、「冒険者たち」フリークになっただろうか。
■2000年4月22日掲載
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
二十世紀半ばに生まれる。大学卒業後、某出版社に入り、すでに二十数年勤める。現在は隔月刊のアマチュア向けカメラ誌編集長。
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筆者および「日刊デジタルクリエイターズ」編集部の許可を得て、
【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0588 2000/04/22.Sat.発行より転載
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