03/06/20掲載
十河 進
■イントレランスは諸悪の根元
●映画の表現手法を発明した監督
tolerance 忍耐、我慢、寛容、寛大さ
intolerance 不寛容、偏狭、狭量、我慢できない、許せない
映画の父と言われるのがD・W・グリフィス(1875〜1948)である。だったら、母親は誰だ、と問い詰めたくなるが、人間と違って両親がいなければ映画が生まれなかったというわけではない。
映画の父といっても、グリフィスは撮影や映写システムなどハードの発明者ではない。今で言えばソフトの発明者・発見者である。彼が発明した映画の手法として有名なのは、クローズアップとカットバックだ。
現在なら普通に見ているクローズアップも、最初に見た観客は驚いた。大きなスクリーンの上に、たとえば巨大な目玉が映し出されたとしたら、やっぱり最初は驚くだろう。
ルイス・ブニュエルの「アンダルシアの犬」(1928)は、映画が始まっていきなり目のクローズアップになる。それだけで衝撃的だが、さらに剃刀で目玉が切られるに及んでは、ショック死した人もいるのではないだろうか。
僕は半世紀ほど後に予備知識を持って見たから、そんなに驚きはしなかったが、ショッキングではあった。伝説によると死んだ犬の目玉をアップで撮影し、本当に剃刀で切ったという。実写するしかない時代の映画だが、凄いことをやるものである。
「アンダルシアの犬」は、若きサルバトール・ダリが脚本を書き出演をしている。あのグロテスクでシュールなイメージの連なりは、人騒がせで挑発的なダリのものなのだろう。
彼らに影響を与えたであろうグリフィスの映画は、それよりずっと以前、主に1910年代後半に作られている。「ホーム・スイート・ホーム」(1914)「国民の創生」(1916)「イントレランス」(1916)「散り行く花」(1919)「東への道」(1920)「嵐の孤児」(1921)が代表的な作品である。
グリフィスが映画を作っていたのは、第一次世界大戦前後のことである。やはり歴史を感じてしまう。同時期で今も有名な映画としては、チャップリンのサイレント時代の作品がある。「犬の生活」が1918年、「キッド」が1921年だ。
最初の大作「国民の創生」では、クローズアップ、カットバック、フェードイン・アウト、ラスト・ミニッツ・レスキューなど、グリフィスは様々な手法を創案し使っている。
実は、グリフィスのことを改めて調べていて、ラスト・ミニッツ・レスキューという言葉を初めて知った。これは、映画の表現手法と言うより、作劇法であろう。ラストまでハラハラドキドキさせ、最後の最後でどんでん返しによる救出が訪れる。その後、サスペンスを作り出すための常套手段になった。
●カットバックと東映時代劇の関係
カットバックは、編集によるサスペンスの醸成である。たとえば、インディアンに襲われる開拓者たちのカットと、救出に駆け付ける騎兵隊のカットを交互につなぐと、手に汗握るシーンになる。さすがに最近の映画はこんな単純な編集はしないが、カットバックが基本になっている編集はよく見かける。
昭和30年代、父親に連れられてよく見た東映時代劇では、この単純なカットバックが多用されていた。よくあったのがヒロインの貞操の危機と救出に向かう主人公のカットバックである。
たとえば進藤英太郎あたりが演じる悪代官が、花園ひろみなどが演じるヒロインを屋敷にさらってきて襲う。ヒロインが逃げようとして隣室のふすまを開くと、そこには目も鮮やかな夜具が敷かれている。勝ち誇ったような悪代官のアップになり、そこでカットされる。
続いてスクリーンには、大川橋蔵あたりが演じる主人公が大江戸の夜の道を走る姿が映る。と思うと、再び悪代官の屋敷になり、ヒロインは帯を解かれている。その帯を悪代官が引っ張ると、ヒロインは「あ〜れ〜」などと言いながらクルクル回るのである。
再び、救出に向かう主人公。しかし、そこに悪代官が放った刺客の群れが……。ここで、観客は悲鳴のような絶望の声をあげる。「あ〜、早くしないとやられちゃう」
しかし、幼かった僕は、何をやられちゃうのか、よくわからなかった。ヒロインが帯を引っ張られてクルクル回っているのも、何だか遊んでいるみたいに思えたものだった。
ヒロインの状況はいよいよ逼迫している。脂ぎった悪代官の顔が間近まで迫ってくる。花園ひろみや高千穂ひずるのようなお姫様純情系女優の場合は、ここまでの描写はなかったが、千原しのぶや北条菊子のような色っぽい姉御系女優の場合は、深紅の肌襦袢まではOKよ、という感じで悪役に抱きすくめられるショットも厭わなかった。
主人公の救出が間に合わず、悪代官の屋敷に着くと、彼女は貞操を守って自害した後なんていう設定もあった。もちろん女優の格で設定が異なる。高千穂ひずるや花園ひろみの場合は必ず救出は間に合うが、北条菊子のような二線級女優だと間に合わなくて自害するか、貞操を犯されるか、あるいは救われるか、まったくわからなかった。
サブ・ヒロインが多かった北条菊子は後に霊感女優などと言われたが、時代劇には欠かせない人で、妙に色っぽかった。ハリウッド映画で言うなら、ヴァンプ女優タイプである。
ちなみに僕は、清純派お姫様女優より千原しのぶや北条菊子が好きだった。鳥追い女の扮装で三味線を抱えた千原しのぶの姿は、今も目に焼き付いている。笠の端を右手でつまんで見上げた時の細い目が、子供心にもドキッとしたものである。
いかん、話が横道に逸れている。要するに何が言いたいかというと、グリフィスが作り出した映画の手法は、その後の映画にずっと影響を与えているのである、と言いたかったわけですね、ハイ。
しかし、グリフィスも結局はサイレント時代の巨匠である。ビリー・ワイルダーの自伝だったか、晩年のグリフィスを見かける場面が出てきた。1940年代のグリフィスは「映画の父」ではあったが、すでに過去の人だった。
●「イントレランス」で復活したグリフィス
完全に映画の歴史の中に埋もれていたグリフィスの名前は、1980年代後半になって急に復活した。1989年に大作「イントレランス」が交響曲付きで再上映されたからであるが、その前にも「八月の鯨」(1987)や「グッドモーニング・バビロン」(1987)などグリフィスがらみの映画が公開されたのだ。
「八月の鯨」は東京では岩波ホールで長期上映されて評判になった。イギリス人であるリンゼイ・アンダーソン監督の久しぶりの映画である。話題になったのは、主要人物たちが皆、老人だったからである。主役のリリアン・ギッシュは80歳を越えていたはずだ。
リリアン・ギッシュは、グリフィス映画で数多くヒロインを演じた女優である。したがって、「八月の鯨」の映画紹介では、必ず「映画の父グリフィスの作品でヒロインを演じたリリアン・ギッシュ」と書かれた。
「グッドモーニング・バビロン」はイタリアの聖堂の建築と修復をする職人の兄弟がハリウッドに渡り、「イントレランス」の巨大なセット作りに関わる話である。
「イントレランス」は、壮大なセットと壮大な群衆(モブ)シーンで伝説になった映画だ。特に古代バビロンのセットは凄い。この映画で大俯瞰ショットを撮影するために高い櫓を組んだのだが、それがそのまま業界用語になり、現在でも日本の映画界で「イントレ」と言えば撮影用の櫓のことである。
「イントレランス」は162分もある超大作で、4つの時代のエピソードが描かれる。それらをつなぐテーマは、イントレランス(不寛容)が生み出す悲劇である。不寛容、偏狭、狭量……、人間が生み出す悲劇の元はイントレランスである、と僕はこの映画から教えられた。
「国民の創生」が人種差別的であると非難されているグリフィスに、イントレランスが悲劇の根源というテーマを伝えられても説得力はあまりないのだが、そのテーマ自体は本質を衝いていると僕は思う。
現在も世界の各地で起きている民族間の紛争、人種間の対立、宗教対立など、すべてはイントレランスによる悲劇である。人間は自分と違うものを否定する。国が違う、人種が違う、宗教が違うというレベルからどんどんミニマム化し、結局、個人個人の違いにまでたどり着く。
イントレランスはいかん、と僕はよく自分に言い聞かせる。自分が人に対して偏狭で狭量になっていると感じる時があるからだ。そんな時には「トレランス、トレランス」と2度唱える。なぜ2度かというと、何でも2度唱えると、瞬間的に昇った血が下がるのである。
「はい」と「はいはい」、「わかった」と「わかった、わかった」のように何でも2度言うと馬鹿にした感じになるが、相手の言葉に怒りそうになった時など、同じように心中深く「トレランス、トレランス」と2度言うと、一気に冷静になれる。
トレランスは、忍耐、我慢、寛容、寛大さ、そして許すこと。キリストのように「右の頬を打たれたら、左の頬を出せ」とまでは思わないが、とにかく寛容であること、相手を許すこと、それを念じているのである。
2度唱えることで、すべてのことが馬鹿馬鹿しく、どうでもいいことに思えてくる効用がある。「まあ、そう目くじら立てて、ムキになることもないよなあ。どうせ一度きりの人生なんだし」という心境になれるのだ。
僕は、瞬間湯沸かし器と言われることがある。労働組合の委員長をやっていた時には、すぐ怒るので有名だった。社長にも「君は瞬間湯沸かし器だなあ」と言われてしまった。もう18年くらい前のことだ。
それ以来、自分が怒りやすく感情を露わにするタイプだと肝に銘じて、そのことを直そうと心がけてきたつもりである。だから、ミスをしたスタッフにも、理不尽なことを言う上司にも「トレランス、トレランス」と唱えて、好々爺のような(?)日々を過ごしているのである。
でも、「堪忍袋の緒は、切れるためにあるんだあ」と叫んだという小林桂樹の言葉もまた、僕には説得力があるんだなあ。人間、怒りをなくしたらおしまいじゃないか、という囁きが……。
【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
二十世紀半ばに生まれる。大学卒業後、某出版社に入り、すでに二十数年勤める。現在は隔月刊のアマチュア向けカメラ誌編集長。
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筆者および「日刊デジタルクリエイターズ」編集部の許可を得て、
【日刊デジタルクリエイターズ】No.0629 2000/06/17.Sat.発行より転載
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