118いい輪
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03/07/25掲載

十河 進

■案山子の存在理由

●生きてきた甲斐を感じる時


元「特選街」編集長Iさんにすすめられた、元NHKディレクター吉田直哉のエッセイ集「まなこ つむれば…」(筑摩書房/2000年1月刊)を読んでいると、司馬遼太郎の追悼文や思い出話が頻繁に出てきた。

その中で、NHKスペシャル「張学良がいま語る〜日中戦争への道」で最初に張学良が会見人に指名したのが司馬遼太郎だった話が紹介されていた。平成2年に放映された番組で、結局、聞き手は磯村尚徳になったようだが、吉田直哉は、その後の司馬遼太郎からの手紙を披露する。

「テーゼとアンチテーゼが刃物のようにそぎ立っている、その刃の上を素足で(血を流して)歩くのが、自分の立場(思考法)」と司馬遼太郎は自分が歴史を一面からしか見ない人間ではないことを明らかにし、それを張学良がわかって指名してくれたのだと大いに喜び「大げさにいって、生きてきた甲斐があったなと思いました」とまで書く。

このエピソードが僕の中に印象深く残ったのは、あの国民作家とまで言われ多くの読者を持った(現在も持っている)司馬遼太郎にして「生きてきた甲斐」という言葉を使わせる「人間の哀しさ」を感じたからだと思う。

「生きてきた甲斐」つまり「生き甲斐」である。昔、「ヤリガイ」という貝を背中に生やす求人雑誌のCMがあったが、人は「生きてきた甲斐」や「仕事をやってきた甲斐」を求める。

「生き甲斐」や「やり甲斐」とは、自分が生きて行うこと、つまり存在理由(昔、フランス語でレーゾン・デートルと習った)を誰かに認められることなのではないかと僕は考えている。

自分が人の世に存在する理由、自分が生きて何事かをやったことの意味、それを誰かがわかってくれた(世の中に認められた)時に「ああ、俺は生きてきた甲斐があった」としみじみ思うのではないだろうか。

あるいは誰もわかってくれなくても、自分がやっていること(仕事であったり何かの活動であったり)に信念を持っている人は、生き甲斐ややり甲斐を感じているかもしれない。だが、やはり誰か理解者がいることが、生き甲斐になるのだと思う。

功成り名遂げた大作家・司馬遼太郎でさえ中国現代史の証人・張学良の指名によって「自分がやってきたことの理由や価値」を認められたと「生き甲斐」を感じるのである。しかし、まったく生き甲斐を感じられない(自分の存在理由を認めてくれる人がいない)人生を送っている人は、どれだけ辛いことか。

●自分の人生が無意味だったと思い知らされる時


悲観的に言えば、ほとんどの人間は己の人生が無意味だったことを確認するために、死に向かって(あるいは、死ぬために)生きている。

ミラン・クンデラの小説の中の人物がこんなことを言っていた。

「私が子供を作らない大きな理由は、私の子供に人生を繰り返させるほど、人生が意味のあるものとは思えないからだ」

シニカルな男がこんなことを言っていた。

「人間はみんな死ぬ。早いか遅いかだけの違いだ」
人生の最期に「私の人生は何の意味もなかった」とつぶやく時、彼(あるいは彼女)を襲う寂寥感はいかほどのものだろう。想像を越える虚しさ……。

ジャコ・ヴァン・ドルマル監督作品「トト・ザ・ヒーロー」(1991)の主人公は老人ホームに収容され、看護婦に叱責されながらタバコを隠れて吸うようなみじめな境遇にいて、己の人生が「無」だったことを思い知らされている。

──私の人生は何の意味もなかった。無だ。

彼はテレビニュースで、財界の大物になった昔の隣家の息子が、ギャングが絡むトラブルに巻き込まれ命を狙われているのを知る。様々ないきさつがあるその男を殺そうと、彼は老人ホームを抜け出す。彼を殺すことで、自分の人生の意味を取り戻そうとするのだ。

子供の頃、彼は隣家の同い年の息子が羨ましかった。彼の家は金持ちで、誕生日のプレゼントも豪華だった。主人公は、本当は産院で隣の息子と取り替えられたのだと想像し、隣の息子がもらった誕生日プレゼントを自分のものだと主張する。

誰でも子供の頃に、自分はこの家の子ではないのだと想像した経験があるはずだ。本当はもっと金持ちの家に生まれていたのになどと、何かをねだって聞いてもらえなかった夜には、寝床の中で想像したことがあるだろう。しかし、翌朝、自分の家はここしかないと思い知らされる。

彼の父親はパイロット、美しい姉とダウン症の弟がいる。彼らは幸福でトランペットやピアノで楽しそうに一家でジャム・セッションをやったりする。弟は善良そのもののダウン症児だから、隣家の息子たちに虐められる。

彼が子供の頃、パイロットの父親は隣家の金持ちに頼まれて嵐の日に飛行機を出し、事故で死んでしまう。母親は錯乱し、一家は不幸に見舞われる。

ある日、隣家の息子が姉と一緒にいるところを見つけた主人公は姉を責め、隣の息子ではなく弟を愛していることを証明するために、姉は隣家の納屋を焼こうとし、ガソリンタンクを引きずって納屋に入り自らも焼け死ぬ。

成人した彼は、ある日、街で姉に似た人妻と出会い、恋に落ちる。彼は人妻と駆け落ちの約束をして駅で待つが、彼女が遅れたので家へ様子を見に行くと、その家から顔を出したのは、何とかつての隣家の息子ではないか。彼女は彼があれほどこだわっていた隣家の息子の妻だったのだ。

そして現在、死が迫った老人になり、主人公は自分の人生を「無意味」なものにした元凶である隣家の息子を殺そうと、守衛室から拳銃を盗み、老人ホームの病棟を抜け出す……。

自分の前に常に立ちふさがる隣家の息子。自分より恵まれ、彼が羨んだ隣家の息子。自分は本当は彼と取り替えられたのだと幻想するほどだった。なのに、初めて心底、恋した女はすでに隣家の息子の妻だったのだ。

その時の彼の絶望感は、僕には手に取るようにわかった。自分の人生に何の意味もなかったのだと、すべてはあの男のイミテーションだったのだと、恋した女さえあの男のものだったのだと、そう知らされた人間に「生きる意味」をどう感じろというのか。

●絶望とは死に至る病だが時間が癒すこともある

「トト・ザ・ヒーロー」の主人公は恋人が隣家の息子の妻だと知って絶望し、ひとり行方をくらませるが、その後の人生はまったく描かれず、その時の絶望感のまま死を迎える老人になっている。

だが、映画と違って現実の人生を省略するわけにはいかない。いくら絶望したとはいえ、時間は傷を癒すこともある。毎日、暮らしていくのに悲観的な考え方ばかりもしていられない。

それに、人は何かひとつのことだけで生きているわけではない。志を持ったプロフェッショナルとして取り組めば、どんな仕事にも「やり甲斐」を感じることはできるし、何か些細なきっかけで「生き甲斐」を感じることはいくらでもある。

司馬遼太郎は、ひとりの実在した人間の完結した生涯を俯瞰し、その男(たとえば「燃えよ剣」の土方歳三)が何を成すために生まれてきたのかを見据えて書く。歴史における彼の存在理由である。

だが、本当の土方歳三がそれをわかっていたとは思えない。彼も様々に迷ったことはあるし、信念をなくしそうになったこともあるはずだ。絶望感に打ちひしがれたこともあったに違いない。仲間たちの裏切りに歯がみした日もあっただろう。

歴史に名を残した人物に限らず、どんな人間も生きているうちは同じように迷い絶望し裏切られている。しかし、どんな人間の人生も、歴史に名を残したか否かにかかわらず、無意味であるはずなどない。すべてのものには何かの存在理由があるのだ、と僕は思う。

たとえば、案山子(かかし)であったとしても……。

●何のために存在したのかがわかる時

30年間、読み返すたびに涙するマンガがある。センチメンタルだと言えば、センチメンタルな話である。甘いと言う人もいるだろう。だが、今回、読み返してやっぱり泣けた。

永島慎二が月刊ガロに発表した「かかしが きいた かえるのはなし」というマンガだ。永島慎二は貸本時代から「漫画家残酷物語」などで熱心なファンがいたが、梶原一騎原作の「柔道一直線」で一般的に名を知られるようになった。

彼は「柔道一直線」を描いたために金持ちにはなったが、「俺は商業主義に敗北した」と悩むマンガ家を主人公にして私マンガを月刊COMに描くようなマンガ家である。

田舎の田圃の中にかかしが立っている。その前に腹を空かせた旅のかえるがやってきて行き倒れる。かかしはカラスに頼んで食べ物を持ってきてもらい、かえるは元気になる。

礼を言って「先を急ぎますので」と行きかけるかえるに、「わたし」であるかかしは声をかける。かえるは真顔になり、「君なら笑わないな」と腰を下ろして身の上話を始める。

遠い遠い古い井戸の中で生まれたかえるは、おたまじゃくしの頃は友達や兄弟たちと仲良く暮らしていたが、ある時、井戸から見える丸い空に美しい月を見て感動し「あそこへ行ってみたい」と強く願う。彼は、夢を持ってしまうのだ。

かえるに成長し友達や兄弟たちに笑われながら、何十回、何百回と失敗しながら井戸の壁を登り、とうとう井戸の上に出る。しかし、かえるの果てしない旅は、それから始まった。

かかし「それで──、君は…」
かえる「いまだに旅してるわけさ……。は、は、は、死ぬまでね」
かかし「それで……、たまには兄弟のこととか─、友達のことなんか
    思い出さない……」
かえる「ともだち……きょうだい……」(かえるは一筋の涙を流す)

涙を流すかえるにかかしは言う。君は偉い、とうとう夢が叶うのだと。

「あの山から一年に一度、月に向かってバスが出る。だれでもが乗れるってものじゃないんだ。そのバスに乗るために必要なキップはだれでも持ってはいるんだけど、そのキップを切って貰えないと乗れないのさ」

不安と期待に満ちたかえるの姿。そのかえるに「君もキップを持っている。そして、私がバスのことを教えたのがキップを切ったことなのだ」とかかしは言う。「実はね、そのキップ切りとは、私なのさ」

かえるは喜んで風の中を去っていく。かえるの夢は叶った。

僕が決まって涙するのはこの後のシーンだ。かかしのウエスト・アップから顔のアップまで横長のコマの中に、内心の声が書かれる。かかしだから表情に大きな変化はない。だが、表情が変化しないことが切なさを生む。

かえるは行った──風の中を
ずいぶん長い間、私は考えてきた、一体なんのために
ここにこうして生きているのか………わからずに
ずいぶん長い間、考えてきた……それが……
今、やっと、わかったような………気がする

広い畑の中に一本の田舎道があり、遠くをカラスの群が飛び、「ドドドドドォ…」と風が吹き、その風でかかしのクビが「カクン」と倒れる最後のコマは、本当に哀しい。

その時、かかしが死んだのだとしても、夢が叶ったかえるの喜ぶ姿を見て、その喜びを自分が与えたのだと満足し、彼は「生きてきた甲斐」を感じていたのだと思う。

だが、彼は一方で思っただろう。自分の夢は、一体何だったのだろうか、と。

■2000年7月22日

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
二十世紀半ばに生まれる。大学卒業後、某出版社に入り、すでに二十数年勤める。現在は隔月刊のアマチュア向けカメラ誌編集長。

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筆者および「日刊デジタルクリエイターズ」編集部の許可を得て、
【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0659  2000/07/22.Sat.発行より転載
「日刊デジタルクリエイターズ」サイトにバックナンバーはすべて掲載しています
http://www.dgcr.com/

 

 

 

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